第8回 千葉県佐倉市 吉沢季久榮さん
「威勢の良い掛け声と五尺の大神輿」
-毎年10月第2金曜・土曜・日曜開催-
佐倉の秋祭りは鎮守麻賀多神社を中心とし、県下一を誇る神社神輿の渡御と、山車・御神酒所の曳き回しが行なわれます。
明治期に日本橋から七本購入された江戸型山車のうち二本は現在も曳き回され、御神酒所と呼ばれる屋台と合わせて16台が鍵の手の町中を所狭しと曳き回されます。台輪巾五尺の大神輿は、享保期に作られたもので「明神祭りさらば久しい」という掛け声で渡御され、山車・御神酒所は囃子(仁羽)に合わせて「えっさのこらさのえっさっさ」という一風変わった掛け声で曳き回されます。佐倉では、曳き回し屋台のことを御神酒所と言い、宮神輿が産子町会を神幸・還幸する際には、御神酒所の欄干に担ぎ棒(二天棒)を掛け町々をお祓いしていきます。このような渡御形式は、他に類がなく「佐倉の祭り」の最大の特徴です。初日と最終日に宮神輿の渡御があり、山車・御神酒所は3日間を通して曳き回され、中日には各町の競演と総引きが行われます。
「佐倉のお祭り」の変遷
佐倉は土井利勝が佐倉城を築いて以後、城下町として発展してきました。
江戸中期の享保の頃に佐倉の様子を記した文献によれば、今から250年前には麻賀多神社神輿渡御の他に、山車・屋台が練り歩いた「附け祭り」が執り行われていたことや、更には佐倉城主の上覧を受けていたことも記されています。
まさに天下祭の影響を受け、その様式をそのまま取り入れた祭禮でした。江戸後期になると「提灯祭り」と言われ、神輿の渡御は各町会の趣向を凝らして造った万燈が先導し、現在の祭りに近くなってきました。
現在の祭りは、平成5年に佐倉の秋祭り実行委員会が発足し麻賀多神社の産子の他、八幡神社・神明神社・愛宕神社の産子、また佐倉地区以外から自治会御輿の参加も加わり、市民祭の様相を呈しています。
「江戸天下祭の順行参加を夢見て」
私ども、上町の山車人形「日本武尊」は平成16年に江戸フェスティバル丸ビル会場に展示させていただき、それをきっかけに不明であった人形作者が判明し、また日本橋から購入したということから、翌年の神田祭には日本橋三越本店に協賛展示いたしました。その年の天下祭には横町の山車人形「石橋」がマルキューブに展示、それをきっかけとして以前所有していた日本橋の町名が判明しました。そして今年の山王祭で出し人形三体(日本武尊・石橋・玉ノ井龍神)が各々の町会へ里帰り展示となりました。先日好評のうちに幕を閉じた"ちよだ・江戸祭2006"には肴町が明治26年まで所有し、その後酒々井町下宿へ委譲された「小野道風」がマルキューブに展示されました。このような経緯は、千代田区から招聘して頂いたお陰で、私が祭禮文化の勉強を始めた契機ともなっています。今後も関係者の皆様との交流を深め、古き良き祭禮文化の継承に努めていきたいと思います。願わくは来年度の天下祭の山車引きに是非とも佐倉からも参加して、皆様に御披露させて頂きたいと夢見ております。
(2006.11. 吉沢季久榮 記)
宮神輿が担ぎ棒を御神酒所にかけお祓い

上町の山車仲間たち
日本武尊の前で晴れ晴れしい
吉沢季久榮さんの笑顔









