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祭りで繋がる「江戸の粋」

第9回 石岡市 酒井美代治さん

江戸天下祭等、お祭りで繋がる地域の人々の祭りに対する熱い思いと千代田区との関わりなどを語ってもらいます。第9回目は江戸天下祭にも参加いただいた石岡市の酒井 美代治さんと長谷川 晴彦さんにお願いしました。

絢爛豪華な山車が巡行する常陸國総社宮の例大祭
-石岡のおまつり9月15日(土)16日(日)17日(祝)-

石岡のお祭りの歴史をさかのぼると、江戸時代を越え、はるか中世にまで辿りついてしまいます。常陸國総社宮は天平年間に創建され、天神地祇の六柱が祀られております。
毎年9月に開催される例大祭では、総社宮に祀られている神霊を神輿にて年番町会の御仮殿へお迎えする神幸祭・発與祭の神事から執り行われます。
2日目の大祭では、境内で伝統行事である奉納相撲が挙行され、県内一円からつわものが集まって参ります。また神楽殿では、浦安の舞がおごそかに奉納されます。そして約15台の山車が、ささら、幌獅子(30台)と共に一日中街中を曳き廻され、天下泰平、五穀豊穣、家内安全を願って巡行されます。
3日目には、神霊が御仮殿から総社宮の本殿へ納められる還幸祭が執り行われお祭りは終了します。

優雅な辯財天山車

金丸町の山車は、以前は「熊手に大おかめ」を飾り物とする山車でしたが、大正年間に日本橋本町他四町から江戸型の「辯財天山車」が購入されました。三層の山車で江戸時代には天下祭の七番山車として参列し、将軍家の上覧に供したとされる由緒ある山車であります。一層が勾欄を巡らせた舞台になっており、お囃子に合わせておかめ(四丁目)、ひょっとこ(仁羽)、きつね(新馬)が踊られ、祭禮期間中見物客に笑いと幸せをもたらします。上層には江戸の名工 古川長延作の「辯財天」の女神が天に向かって華麗な容姿を現します。
この山車が江戸で最後に順行したのは、大正九年の水神祭と言われており、人形は水神、農業神そして音楽の神として弁舌才知、財宝利得をもたらすので辯財天と呼ばれ、七福神のひとつに数えられております。

念願の江戸への里帰り

江戸開府400年の丸ビルマルキューブの人形展示に続き一昨年の江戸天下祭では、念願の江戸の街中を巡行することが出来ました。招聘のお話を戴き、すぐさま町内関係者で実行委員会を立ち上げ、各専門委員会を作り月2-3回の頻度で会合を開きました。最大の懸案はあの巨体な山車本体の運搬方法でした。しかしこれらも実績のある川越の方々のご教示を戴き、無事に運搬することが出来ました。
スタッフ数名は、前日から千代田区内のホテルに宿泊し本番に向けて最後の調整をおこなった。その後少々呑みすぎ「おっしゃい、おっしゃい、おっしゃいな、おっしゃいバケツが十三文、安いともったら、底抜けだ、おっしゃい・・・」と何時しか石岡の囃子ことばを発しながら美酒を味わっていました。
金丸町の「辯財天」が東京の真ん中、千代田区界隈を巡行し艶やかな容姿を現した時、町内はもとより石岡市民すべてが無常の喜びを感じひと時の夢を見ることが出来ました。
祭りは、江戸の華、江戸の文化であると言われますが、まさしく我々も祭りを通して千代田区、日本橋の方々や各地域の祭好きと交流を深めることが出来ました。祭りが伝える歴史や文化をひも解くとき、江戸の華をわが町に同化して、文化の香る地方都市を創っていく勇気が生まれてきます。今後も江戸天下祭が益々発展していくよう応援し続けていきたいと思います。

(2007.2.23 酒井 美代治、長谷川 晴彦 記)

優雅な姿を披露する辯財天(石岡のおまつり)

優雅な姿を披露する辯財天(石岡のおまつり)

丸の内仲通りを行く金丸町の山車

丸の内仲通りを行く金丸町の山車

紋付袴で他都市の祭り仲間をおもてなしする酒井氏(左)と長谷川氏(右)

紋付袴で他都市の祭り仲間をおもてなしする酒井氏(左)と長谷川氏(右)