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【公園三昧】
常盤橋公園 - 石の橋の袂の皿の公園《公園三昧:第15回》

2008年7月 9日

■石垣が残る公園

まちみらい千代田から神田川を下ると、

錦橋→神田橋→鎌倉橋→ 新常盤橋→常磐橋(旧常盤橋)→常盤橋

といった順番で橋があります。常磐橋(旧常盤橋)と常盤橋に接していて、千代田区と中央区の区界の公園、 「常盤橋公園」を今回はご紹介します。東京駅から歩いても5分圏内です。

公園ですが、巷でイメージするような滑り台、砂場、鉄棒といったものはありません。 あるのは、石垣。江戸時代の見附の石垣が残っています。 見附とは、交通の要所に置いた見張り所のこと。 ちょっと石垣に上って昔の見張り所のごとく周りを眺めてみたい衝動に駆られますが、そういったことは駄目。史跡はみんなで保護していきましょう。資料によれば、寛永年間の石垣とのことで、そんな石垣に触れる ことができる貴重なスポットだったりします。

さて、橋の話になるのですが、新常盤橋、常磐橋(旧常盤橋)、常盤橋と 3つの橋に「トキワ」がついてますが、その漢字に注目してください。3本の橋の真ん中、旧常盤橋は、明治10年に石橋に改架したのですが、 その際に、(ワの般の下が)「皿」だと壊れてしまうので、(ワの般の下を)「石」にして「常磐」に改称したそうです。 江戸の頃は、「皿」だったようですが、石橋にするということもあり、 「石」に変えたようです。ちょっとした薀蓄(うんちく)にいかがでしょうか。 公園は、「皿」の常盤で、公園に最も接している橋は「石」なのです。

■渋沢栄一像とチューリップ

石垣の他に公園にあるものといえば、幕末、明治、大正と活躍され、多くの会社の設立、運営に関わった日本資本主義の父、渋沢栄一の像。

昭和8年に渋沢栄一財団によってこの像はたてられました。 花壇の縁石には、「東京市常盤橋公園」「昭和8年11月開園」と 刻んであり、像を建てた当時、公園も一体的に整備したようです。 渋沢栄一の像は戦時下で一度、金属供出のため撤去されるも、昭和30年に再び有志により今の像が建てられました。その経緯は、像の説明碑にかかれています。

公園整備は渋沢財団が当初おこなっていましたが、区への移管を経た現在は、CAPPS(千代田区アダプト制度公園プロモーションシステム)という、公園の管理や清掃等の環境美化活動を行う団体の方たちが、区役所と連携しながら公園整備を担っていらっしゃいます。渋沢栄一は、「道徳経済合一主義」を実践されていらっしゃったそうですが、現在、官民連携という形で、その思いが生きている気がします。

■常盤橋の公園を活性化して、地域の回遊性を後押し

千代田区大手町地区と中央区日本橋地区に関わる団体や行政が参加して、昨年の10月に「常盤橋フォーラム」(座長:伊東孝日本大学理工学部教授)が発足しました。1回目のイベント(常盤橋公園桜まつり2008)を今年4月に開催。公園を中心とした美化・清掃、イベントやシンポジウムの開催、案内ガイド、散策マップなどを企画されているようです。

大手町、日本橋両地区が再開発される中、皿の公園(常盤橋公園)が両地区の結節点になりながら、地域の回遊性をつくっていく動きに期待したいです。