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千代田day's

祭りで繋がる江戸の粋

江戸天下祭等、お祭りで繋がる地域の人々の祭りに対する熱い思いと千代田区との関わりなどを語ってもらいます。 第10回目は江戸天下祭にも参加いただいた寄居町の福島正幸さんにお願いしました。



情緒漂う宗像神社例大祭(むなかたじんじゃれいたいさい)

−毎年11月第1日曜日とその前日の土曜日−

埼玉県の北部に位置する寄居町で行なわれる宗像神社例大祭は、氏子各町から7台の山車、笠鉾が祭囃子にのり華やかに曳き回されます。多くが江戸末期の作と伝わる一本柱型の山車には、そのすべてに繊細な彫刻が施されており、また、天下祭の影響を強く受けたであろう「諌鼓鶏」「猿」の人形が今も残ります。
初日は、神社から年番町に設けられた仮宮への鳳輦渡御が、山車、笠鉾をお供に行なわれます。2日目は、正午より付祭りが行なわれ、山車の巡行や、全町山車を曳合わせてのお囃子コンテストが行なわれ賑わいます。夕方より、渡御の逆の順路を取り還御が行なわれ、お祭りが終了します。大勢の見物客が訪れる大規模なお祭りではありませんが、暗い夜道を、提灯の灯が揺れる山車をお供に連なる渡御、還御の行列などは、なんともいえない雰囲気があり、寄居っ子にとっては大変重要な行事となっております。




仮装行列も行われていたお祭りの歴史

このお祭りは、慶安元年(1648年)には神輿の渡御が行なわれていたと伝わり、その後、文政3年(1820年)には現在のような山車祭りとして行なわれていた記録があります。古い歴史をもつこのお祭りも、随所から天下祭の影響を受けていたと感じることができます。例えば前述した「諌鼓鶏」「猿」の山車が出されるという事の他、近年まで、毎年趣向を凝らした仮装行列が行なわれ、各町山車の間に曳物等が入り大変な賑わいを見せていました。これも、天下祭りの「附祭り」の形に似ていると考えられています。
現在、仮装行列は行われなくなるなど、少しずつお祭りも変化しておりますが、歴史ある山車に、各町自慢の囃子手が乗り込み巡行する光景は変わらず続いています。

平成17年度例大祭で復活した茅町の諌鼓鶏山車、武町の猿山車
平成17年度例大祭で復活した茅町の諌鼓鶏山車、武町の猿山車

戦後間もないころの茅町の「仁田四郎の猪狩」の仮装
戦後間もないころの茅町の「仁田四郎の猪狩」の仮装

山車の位置を確認する福島正幸氏。(中央)
山車の位置を確認する福島正幸氏。(中央)
小学1年の時から囃子を初め、現在茅町青年部の祭事担当として活躍中。

江戸天下祭に刺激され復活

一本柱型の人形山車が残る寄居ですが、大正期の電線架設により近年まで、お祭りの全日程を、人形を取り外して巡行を行なってきました。そのため貴重な人形はお蔵入りが続き、いつしか各町飾ることができない状態にまでなっておりました。しかし、平成15年の江戸天下祭の開催により、各地の人形山車が元気に東京を巡行する姿に、寄居っ子たちは大きな刺激を受けました。その後、数年前には夢にも思わなかった人形修復の動きが始まり、平成17年度例大祭には、約80年ぶりに、茅町「諌鼓鶏」、武町「猿」の山車が並びました。翌年には原舟月の作と伝わる栄町の「関羽」も山車に載っています。
江戸天下祭は、各地の祭礼に影響を与え、また、各地の祭礼に携わる人々の交流も盛んにしています。このようなお祭りを開催していただいた千代田区の方々に深く感謝するとともに、今後私どもにお手伝いできることがありましたら、ぜひとも協力させていただきたいと考えているところです。

(2007.2.17福島正幸 記)

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